「熱帯と創作」(7) 『革命前後』~時代の贄~
- 熱帯と創作
前回に引き続き火野葦平のことを書きます。火野は敗戦で価値観がひっくり返るや、戦争中の国民作家から転落、公職追放を受けるまでになりました。火野の従軍手帖をめぐるテレビ番組に出演した作家の浅田次郎は、<豆粒のような文字は判読が難しく、なおかつその内容の迫真性に圧倒されて、言葉はなかなか出なかった>(『戦争と文学スペシャル』、2015年刊)と振り返り、火野の人生を「時代の贄(にえ)」だったとまで書いています。
とはいえ、戦後も自伝的小説『花と龍』などの作品を書き、再び人気作家となりました。戦犯のレッテルを貼られた火野ですが、1944年、インパール作戦から帰国して二週間後、陸軍大臣杉山元に意見書を提出、呼ばれて、「作家としてではなく、一軍曹としてでもなく、一国民として、祖国を思う一念から申しあげることです」と言い、「このままで進めば、由々しき結果を招来することを恐れます」と訴えました。火野は、前線の様子を詳細に説明しましたが、杉山は「ありがとう。御苦労。よくわかった。しかし、まだ望みは充分ある。肉を斬らしておいて、骨を斬るんじゃ」と言いました。火野の直言は軍人の精神論の前に全く響きませんでした。しかし、国民の視点から訴えた姿は、傍観者でも扇動者でもなく、まして戦犯作家では断じてありませんでした。
「あんたは報道班員とやらで、戦地で文章書いて大金儲け、『麦と兵隊』の印税で家を建てたとか、山林を買うたとか、大層景気のええ話じゃ。そんなとき、わしら、食うや食わずで泥ンコ生活、わしの弟はレイテ島で戦死してしもうた。あんたが、いつ、『銭と兵隊』を書くかとわしら考えとったんじゃ」
最後の小説『革命前後』は自らの体験を綴った火野の遺書といってもいい作品です。戦後に突き付けられた言葉を火野は隠さず記しています。戦争をとおして絶頂とどん底を味わった作家は戦後大いに苦悩し、集大成ともいえるこの作品を残して自殺しました。敗戦から15年、享年60。
「一瞬一瞬の正直な実感こそが、人間の行動の中で信じ得られる唯一のものではあるまいか。真実には盲目であり、虚妄に向かって感動したとしても、それは尊ばれるべきではあるまいか。滑稽と暗愚との中にこそ、人間はいるのではないか。戦争も、国家も、歴史も、なにがなにやらわからない。革命の名の下に大混乱がおこっているが、その中で信じられるのは人間の、自分の、自分一人の実感だけだ」
『革命前後』に書かれたこの文章は、火野が戦後15年間で見極めた真理です。滑稽で暗愚な存在の人間や自分に対し、揺るぎない信頼を寄せます。そこには国家ではなく民の目線があります。その同じ目線でこの作家は戦争を見ていました。敗戦に一人で向き合い続け自分の実感だけを信じたからこそ、自殺という帰結に至ったのだと思います。
火野は最後まで実直に生き、責任を全うしました。私にはそう思えるのです。
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