ことばのさすらい
~「俳句」と「異文化」による出会い~

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「俳句の視点から」(7)AIの良さと人間の良さ

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「俳句の視点から」(7)AIの良さと人間の良さ

 先日、中学時代の親友から『「俳句エスプレッソ」の内容を理解するのはなかなか難しいな』とコメントをもらいました。その親友は「まず俳句がどうして起こったか」を理解したかったようで、AIで調べて理解したようです。この話は、最初はAIの力にやられた!と思いましたが、よくよく考えてみると「説明」以前の問題で、自分の至らなさの問題だったと思いました。親友の疑問にもっと寄り添って、そもそも彼は何を知りたいのかを感じ、考えるべきでした。

 この出来事から、私はAIの良さはどこにあるのか、翻って、人間の良さはどこにあるのかということを「説明する」という観点から考えてみました。AIの良さは、論理的、要点を簡潔にまとめる、正しく教える、といったところでしょうか。「要点を押さえて正しさを伝える」説明では、人間はAIに対抗できないと思いました。情報量は多いし、網羅しているし、論理も破綻しないし、客観的であるからです。

 それなら「説明」はAIに任せればいいのでしょうか。私はそうは思いません。たとえば、相手の痛みや迷いに共感して説明する、わからない点に寄り添って説明する、自分がなぜそう考えるか、失敗談やそう思うに至った経緯も含めて説明する、といったことができるのが人間です。AIにはできません。なぜなら、そこに説明する人の生き方や価値観が入ってくるからです。「いったん自分の中で引き受けてから説明する」とでもいいましょうか。人間は、「相手の心に届く」説明ができると思います。

 俳句には正解はありません。読者がどう感じるかは読者の自由です。「俳句を説明する」という観点で考えてみると、さらに次のようなことが人間が説明する際の特徴と言えるかもしれません。正解を与えない(そもそも正解は一つではない)、余白や余韻を残す、「どう感じるか」を相手に返すなど。相手に考えさせる力、気づきを与える力はAIよりも人間に備わっていると思います。

 「正しさを伝える」説明はAIに任せ、我々人間は「相手の心に届く」説明をもっともっとしていけばいいのではないかと考えます。私のブログがそうなっているかは心もとないですが、これからもAIとは違う味わいを出していきたいと思います。

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。