まだ生きるつもり湘南海びらき
文挟文佐恵
作者は九十九歳で「蛇笏賞」を受賞した文挟夫佐恵。受賞作品で最後の句集『白駒』にこの句は収められています。九十代とは思えない気合と若さを感じさせてくれます。私は、この句を読むたび元気をもらいます。俳句では、何歳になってもこういう句が詠めるのでありがたく、楽しいです。
ただ巷では、「もう年配の人はいいから」とか「若い人にもっとやってもらおう」といった会話をよく聞きます。果たしてそうなのでしょうか。人間はどうしてもレッテルを貼りたがります。学校、会社、役職、資格、国籍、などなど。年齢や性別でもレッテルは貼られがちです。エイハラ(エイジハラスメント)やジェンハラ(ジェンダーハラスメント)というのは、このレッテル貼りの典型で、その人を一面だけで決めつけてしまうのです。レッテルなど隅に追いやり、その人の根本(個性、価値観)を見ていきたいと常々思います。そうすればハラスメントも多少はなくなるのではないかと思います。
ただ、「マルハラ」というハラスメントがあるとこの前、本を読んで知りました。主にSNSやチャットで、「了解。」「ありがとう。」というように、語尾に「。」を付けることで受けた側が冷たい、素っ気ないとハラスメントを感じるようなのです。不快感や威圧感を与えるらしく、特に若い世代のコミュニケーション感覚から生まれた言葉のようです。ハラスメントの感覚は難しいとつくづく思います。この句のように、俳句では何歳であろうが、おおらかに好きなように詠んでいきたいと思います。 (2025.12.02 【8】)