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「熱帯と創作」(1)東洋の神秘 ~サマセットモーム~

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「熱帯と創作」(1)東洋の神秘 ~サマセットモーム~

 「ラッフルズ、その名は東洋の神秘に彩られている」

 当時のラッフルズホテルを絶賛したのは、英国の作家、サマセット・モームです。モームは、1921年に初めてこのホテルを訪問しました。大英帝国の植民地華やかなりし頃です。西洋から見れば東洋は異質であっただろうと思います。どこか理解を超えた部分があり、熱帯の暑さとあいまって神秘的な雰囲気を醸し出していたのではないでしょうか。しかし、それは大英帝国側からの見方なのかもしれません。私は、このことばから西洋の優越感や矜持を感じてしまいます。

 モームは、1921年にシンガポールを初めて訪れた後、1926年と1959年にも再訪しています。パームコートのプルメリアの木の下で執筆するのが日課だったといいます。私が見たパームコートは、緑の芝がきれいに整備され、褐色屋根の白いコロニアル風の建物が庭を取り囲み、雨上がりの光が静寂な庭の芝生に溶け込んでいました。このエレガントな雰囲気は、明らかにシンガポールを植民地にした大英帝国側の雰囲気です。バンガロー風の造りなので、庭やバーやプールといった施設に上流階級の気分が漂っていて、裕福な心地にさせてくれます。その一方で敷地全体が回廊形式になっているので、熱帯の暑さが漂っています。エアコンではなく、天井扇で暑さをしのいでいるので、熱帯のけだるい雰囲気がそのまま流れてくるのです。シンガポールの一流ホテルはそのほとんどが近代建築によるものですが、ラッフルズホテルは明らかにそうしたホテルとは一線を画しています。それは、植民地時代の雰囲気が漂っているからだと思います。

 ラッフルズホテルは、欧米の社交界を中心に名声を得たシンガポール一の格式高いホテルです。1920年代、シンガポールはゴム景気に浮かれ、羽振りのいい人種が毎晩このホテルを出入りしました。ゴム農園の経営者や銀行家、貿易商といった具合で、ロンドンのサヴォイ、パリのリッツにも劣らない超一流のホテルとして、その名を世界に知られるようになりました。今でも街の中心に位置し、数々の有名人が滞在したホテルとしてその伝統を誇っています。

 ラッフルズホテルの開業は1887年です。トマス・スタンフォード・ラッフルズがシンガポールを開港したのが1819年だからほぼ70年後になります。ホテル名は、ラッフルズ卿にちなんで付けられましたが、その命名からして植民地時代を象徴しています。1920年にベランダは開放的なボールルームに変わり、瞬く間に「東洋で最も贅沢なボールルーム」との評判を得ました。

 モームが訪れたのはちょうどその頃です。当時のボールルームは残念ながら今はありませんが、現在の玄関のスペースにあったというから、入ってすぐのところに位置していました。続いてその奥にシンガポールスリングで有名なロングバーがありました。ロングバーは、今は本館から離れた二階の西の一角にありますが、当時はホテルを入ってすぐにボールルーム、ロングバーと続いていたのです。入口はビーチロードに面していたので、海はホテルのすぐ向こう側にありました。

 昼間のけだるい空気が夜になるとなま暖かい空気に変わり、ボールルームやバーを妖しげな色に染めていきます。そこに海の香りが流れてくると妖しさに開放的な気分も加わって、アバンチュールの匂いが混じっていったのではないかと想像します。一言ではいい表せない空気感が南国の夜を支配し、支配者側の偽善や欺瞞、あるいは矜持や野心といったものを内包しながら、多様な色合いを見せていたのだろうと想像が広がります。

 また、本館の三階までの吹き抜けの高い天井とたっぷりと広さをとった贅沢な空間、白亜のコロニアル様式のデザインは、植民地支配という優越感を持った英国人には、その矜持を満足させるのに十分であったでしょう。モームにも当然その種の矜持はあったと思いますし、熱帯の空気がモームの頬に触れたとき、「東洋の神秘に彩られている」ということばがおのずと漏れ出たのではないでしょうか。

 モームは太平洋地域を舞台にした作品を数多く残していますが、多くの場合、植民地に生きる白人の世界を描いています。そのことを念頭に置くと、冒頭のことばにある「ラッフルズ」は、シンガポールではなく、シンガポールを植民地とした大英帝国の代名詞のように私には思えます。そこには本国のイギリスにはない独特の香りが漂い、東洋の神秘に彩られていました。きっと、熱帯の気候のなかで変幻自在に色彩が奏でられ、神秘的な香りとなって作家の魂をとらえたのだと思います。その正体は、ラッフルズという名の植民地時代の大英帝国だったのではないでしょうか。

 百年前にモームをとらえた神秘は今もラッフルズホテルに息づいています。はるかに海と植民地の香りを漂わせながら。

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。