ことばのさすらい
~「俳句」と「異文化」による出会い~

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「俳句の視点から」(1)Z世代と日本のこれから

  • 俳句の視点から

高市政権誕生 

 2025年10月21日、高市政権が発足しました。朝日新聞が行った全国世論調査(電話)によると、内閣支持率は68%に達したとのことです。2001年以降の12政権では3位に当たるようです。なかでも驚きは、男性の支持率が73%と女性の支持率を10%も上回っていること、さらに30代の支持率が86%にのぼる一方、70歳以上は54%にとどまるなど「若高老低」となっていることです。30歳以下の男性の支持にいたっては90%前後と極めて高いのです。「若者の投票離れ」「政治離れ」が叫ばれる中、私はこの数字が示す事実に注目しています。いったいどういうことなのでしょうか。若者の「政治離れ」と言われますが、ほんとうはちがうのではないか。そんなことを感じさせる世論調査の結果でした。

Z世代の考えていること

 かつて「草食系男子」などの言葉を世に広めた牛窪恵。その著書『Z世代の頭の中』(日経プレミアシリーズ・2025年刊)を読むと、Z世代と呼ばれる今の15歳から30歳くらいの世代の考え方や価値観がうかがえます。Z世代は生まれたときからスマホやSNSが身近にあり、紙よりも動画で情報を得る傾向にあります。だから、瞬時に情報を検索、判断、共有する能力が高いのです。いわゆるデジタルネイティブです。

 著者はZ世代に今回インタビューをし、「もう一度強い日本を取り戻したい」「海外から日本を“オワコン(終わったコンテンツ)”扱いされたくない」といった声を聞き出しています。Z世代は幼少期や学生時代に「家族で海外旅行」や「留学が当たり前」といった環境にありました。また、身近に留学生や外国人観光客(インバウンド)が増えた世代です。その結果、海外の国や人と自分たちを比べることで、日本の文化や「ものづくり」における日本製の品質を見直したり、その良さを伝えていきたいと考える傾向が強いというのです。

 さらに、学生時代に「エコ(サステナビリティ)教育」や「ボランティア教育」を受けた人の割合が多く、「SDGs」や社会貢献に繋がる活動が、様々な分野でZ世代のモチベーションを高める様子も見てとれたといいます。「誰かのありがとう」を得ることがこの世代の勤労意欲を刺激するようです。

 それでいて、「タイパ(タイムパフォーマンス、時間的効果)志向がZ世代を早期離職や転職へ走らせていることも否めません。いわゆる「アジャイル志向」が強いのです。「アジャイル志向」とは、変化に素早く対応し、試しながら成長していく考え方や姿勢のことを指します。「アジャイル志向」の裏には「アップデート志向」があります。素早く対応しながら自分が成長していくことを試みているのです。

 この志向には、多分にコロナ禍の影響があるかもしれません。入社して間もない頃にコロナウイルスの猛威に直面し、未曾有の社会変化や苦しい時代の波をかぶりました。だから、その先に来るかもしれないさらなる波に備えて、できるだけ「可能性の幅」や「役立つアイテム」を蓄えておきたいという感覚があります。インタビューでも、「自分をアップデートしないと」「成長を見える化したい」「進歩がないのは死ぬのと同じ」といった「成長」を希求する発言が相次いだといいます。だから、多方面でスキルや能力を身につけ、成長し、未来に向けて可能性の幅を広げておく、と考える傾向が強いようです。

 そうした「自分アップデート」の考え方は、恋愛や結婚、出産にも影響しているのかもしれません。それは「仕事と恋愛は両立できない」「結婚すると将来の仕事の手札が減る」「出産や子育てはエベレスト登山やグレートレースのようなもの」といった発言からもうかがえます。結婚と仕事は両立できないとなると「自分アップデート」が難しくなり、結婚に踏み切れなくなります。そこには、何かを犠牲にしてまで「自分アップデート」を邪魔されたくないという考えが背景にあります。

 一方、Z世代の親は「真性バブル世代(65年~70年生まれ)」か「団塊ジュニア世代(71~76年生まれ)」が多く、特に後者は、1993年に就職氷河期に当たるなど苦難を強いられた親たちです。また、バブル崩壊(91年3月)後の「失われた30年」や労働者派遣法改正(1999年)以降の「非正規雇用者」の急増とそれらによる経済格差問題や離婚増加問題などの荒波にさらされてきた親たちでもあります。こうした親たちの苦労をZ世代は幼いころから見て育っています。「親ラブ族」のように親と仲がいいケースも多いのですが、「親とは生きてきた時代が違う」「反論したくないから黙ってスルー」といった親の過干渉や口出しに悩んでもいます。

 また、Z世代は消費に後ろ向きと思われがちですが、あながちそうでもないようです。たしかに若者の「クルマ離れ」や「アルコール離れ」現象はありますが、これは環境やシステムの変化による面も大きいともいえます。「SDGs」志向の高いZ世代ですが、実は環境に悪そうなモノやコトをあえて消費する傾向があります。たとえば、ハイカロリーや健康に悪い飲食に後ろめたさを感じつつも、時々背徳感に惹かれて飲み食いします。これを「背徳グルメ」と呼ぶそうです。また、環境に悪いと知りつつ、安いから、デザインがいいから「ごめんね」と罪悪感を抱きつつ買ってしまいます。これを「ごめんね消費」と呼びます。健康志向、エコ志向の強いZ世代がなぜふだんの価値観と矛盾した行動を取るのでしょうか。

 ふだんはコンビニに必ずエコバッグを持参、地域の川を守る活動にも参加、スマホで歩数管理して健康にも配慮するのに、友達とディズニーランドや映画に行くときは、つい無駄なモノ(たとえばコスプレ衣装など)を買ってしまいます。それは、仕事で精神的に追い込まれた状況でまずいと思うから遊びに行くのに、遊ぶときまで制限かけたら意味がない、と考えているからです。日頃のストレスが半端なく、また、コンプライアンスに縛られっぱなしの状況なので、あえて「ごめんね消費」や「背徳グルメ」に走り、何にも縛られない時間や空間を満喫し、「自分を楽にしてあげる」のです。要は「ストレスを開放する」ということなのでしょう。こうした行為により、明日への活力や精神的充足につなげています。かつての「自分へのご褒美」という発想が今では「背徳グルメ」や「ごめんね消費」に置き換わっています。それだけ「環境や社会に配慮しなければ」「コンプライアンスを守って仕事をしなければ」とふだんは相当強いストレスがかかっているといえそうです。

 消費のかたちは、モノからコトへ、コトからイミ(意味)へと変化していますが、Z世代にとって「イミ消費」のベクトルは本来、「他者(社会や環境)」への配慮ではなく、「自分自身」に向けていたいはずです。しかし、今の社会は「自分ファースト」が許されない空気があります。日頃から「空気を読みながら」友達とつき合っているのです。だからでしょうか、かつてのような「自分探し」ではなく「自分を確認できる場」が重要になっています。どうも自分に自信が持てないようで、「ありのままの自分」や「らしさ」を見せて、「自己肯定感」を高めたいのです。

冒頭の疑問

 『Z世代の頭の中』という書をとおして、ざっとZ世代の考え方を概観しました。ここで冒頭の疑問に戻りたいと思います。若者の「政治離れ」が叫ばれながら、なぜ高市政権への関心、支持率が高いのか、若者の「政治離れ」というのは違うのではないか、というのが私の疑問です。

 「SDGs」、環境問題、インバウンド、海外旅行(留学)といったことに小さいときから接してきたZ世代にとって、案外、グローバル社会への課題意識は強いのかもしれません。親世代の愚痴も聞かされ、「もう一度強い日本を取り戻したい」と思う気持ちはある意味自然ではないかと思います。私はこうしたコメントがインタビューから少なからず出たという点に未来の日本に希望を感じました。

 そこへ高市政権が誕生しました。まさに「強い日本」をめざすことをビジョンに掲げた政権です。言っていることはわかりやすく、やりたいことがはっきりしている。親しみやすい。カジュアル、フラットで政治家くさくない。国民民主党の玉木党首にも似たようなものを感じますが、高市首相にはさらに明解なビジョンがあり、決断力と実行力もありそうです。また、何よりもいろいろな分野での政策に精通しています。偉そうにふんぞり返った政治家(政治屋)や調停型の政治家とは全然違います。「もう一度強い日本を取り戻す」という若者の想いに高市首相の言動は合致したのではないでしょうか。

 また、「自分アップデート」の観点からも高市首相のビジョンは「自分の世界を広げてくれそう」「役に立ちそう」「自分の感性に近く、いい感じ」と若者に思われているように感じます。

 私は民間企業で40年近く勤務し、そのあと半官半民の法人と学校法人とを経験しましたが、はっきり言って、日本は教育、官僚、政治の世界が民間企業の世界に比べて20年以上遅れている感じがしました。肩書志向、リスクを恐れ過ぎ、しがらみが多い、といった傾向がことごとくイノベーションを阻みます。しかし、今回、高市政権が誕生したことで、私は政治の世界にもイノベーションが起きるのではないかと大きな期待を寄せています。政策実現も重要ですが、私が高市政権に一番期待するのはこれまでの政治の進め方、やり方を変え、「永田町文化」を変えるという点にあります。この点にも今の若者は敏感に感じ取っているところがあるように思います。

 何かが変わる予感がします。これからの日本の新たな出発点に立っている予感がします。この流れで若い人も含めて国民が政治に期待と関心を持ち、自分も何かやってみようと思える風土が生まれると「失われた30年」は必ず終焉を迎えます。そのエポックの年に今年はなり得ると期待を抱きます。

 俳句の世界では、肩書もリスクもしがらみもあまりありません。結社という組織になると多少は現れますが、俳句の根本は一人ひとりが自分の俳句に向き合い、自由に詠み、主宰や句友の評を受けます。常にフラットでしがらみや気遣いは要りません。日々ストレスを感じながら生きている我々にとって、俳句の世界、句会の場は、「背徳グルメ」や「ごめんね消費」などを必要としない空間ではないでしょうか。

 政治が今変わろうとしています。それは社会が変わることでもあります。余計なストレスを抱えず、俳句の世界のように、フラット、オープン、カジュアルな世界で伸び伸びと活動できる社会になればいいと願っています。そして、若い人たちが「背徳グルメ」や「ごめんね消費」にあまり走らず、俳句の世界を少しでも知り、句会に参加してくれればいいなと願っています。ここには「強い日本」はありませんが、脈々と続く季語の世界があります。「嫋やかな日本」が存在します。「自分アップデート」を希求するには最適な空間の一つになり得るのではないかと思っています。「自分をアップデートし、成長させる」という観点から若い人たちも俳句に興味を持ってもらえればと思っています。

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。