ことばのさすらい
~「俳句」と「異文化」による出会い~

この一句

つかのまの人類として耕せる

つかのまの人類として耕せる

中嶋鬼谷

「耕(たがやし)」は春の季語。田や畑の土を鋤き返し、柔らかくほぐす作業をいいます。昔は人力や牛馬が多かったですが、今では耕運機やトラクターへと変遷しています。

 この句は人類の歴史を超えて地球の長い歴史を俯瞰していて壮大です。ヒトの属するホモ・サピエンスは40万~25万年前に現れましたが、地球の誕生は46億年前といわれます。そう考えるとほんとに「つかのま」のことです。その「つかのま」を我々は日々耕し、生きてきました。そして、これからも耕し続けることでしょう。

 時にこの句のような視点から自分を、人間を捉え直すと、たったそれだけのことと思えます。そんなに一喜一憂しても仕方ないじゃないかと。しかし、「つかのま」だからこそその「つかのま」を大切にしたいとも思います。

 この句に接すると日々の生活に追われながらも、時に次元を変えてみることも必要だと感じます。こだわりが減り、「生きる」ことに謙虚になれそうです。 (2026.02.28 【28】)

 

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。