ことばのさすらい
~「俳句」と「異文化」による出会い~

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俳句エスプレッソ(11) ~客観写生とは~

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俳句エスプレッソ(11) ~客観写生とは~

 高浜虚子は、その指導理論として、「花鳥諷詠」とともに「客観写生」を確立しました。「写生」については、第3回で書きましたが、今回は、虚子のいう「客観写生」について簡単に触れておきます。

 「客観写生」ということばを聞くと、「見たものをありのままに写すこと」と思ってしまいますが、虚子のいう「客観写生」はそうではありません。そもそも「写生」とはじっと眺め入ること、そして、じっと案じ入ることです。じっと案じ入ることで、対象が自分の心と溶け込み、自己を否定し、存在の本質に迫ります。いわば、主観と客観が混じり合う、「主客合一」の状態をめざすといえるでしょうか。

 「うちに深く主観を蔵して、客観に起り来る現象に常に心眼を開いてゐねばならぬ」ということです。客観を写しながら、内に主観の滲み出るもの、それが虚子のいう「客観写生」だと思います。たしかに同じものを詠んでも作者によって違った見方が現れ、俳句も異なった作品になります。「客観」の意味は、「心を対象に溶け込ませること」「主観を蔵すること」と解釈するとわかりやすいかもしれません。

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。