「熱帯と創作」(9) ~林芙美子にとって戦争とは何だったのか~
- 熱帯と創作
「漢口一番乗り」を果たした林芙美子にとって戦争とは何だったのでしょうか。
林にとって、なぜあのような戦争をしたのか、侵略戦争だったのではないか、といった議論はどうでもよかったのだと思います。林の視線は戦場で闘う兵士にありました。戦場で兵隊がどのように感じ、行動するかを知ることが何より重要でした。川本三郎は『林芙美子の昭和』で<戦争を語ることの困難はこの総論と各論の落差にある>と指摘し、次のように書いています。
<林芙美子にとって、あの戦争がどうして起こったのかとか、戦争責任は誰にあるのか、あるいはあの戦争は侵略戦争だったのか解放戦争だったのかといった大きな議論は重要ではない。それよりも、戦争になれば生身の人間が死ぬ、「死んだひとが一番可哀想ね」と思い続けることが大事なのだ。だから林芙美子は、戦後のこの時期、文学者のあいだでさかんに戦わされた文学者の戦争責任については全く語っていない。そういう議論より、戦争で死んでいった人間はつらかっただろう、シベリアの冬は寒いだろう、といった生の現場感覚こそを大事にしてゆこうとする>
戦時中、従軍画家として活動した藤田嗣治は「アッツ島玉砕」という大作を描きました。過酷を極めた戦闘で玉砕した日本軍の姿を克明に描いたことから、展示された作品の前で手を合わせる人が絶えなかったといわれています。しかし、戦後は、戦意を煽った戦争協力者として日本画壇から強い批判を受け、失意のうちに日本を去り、ついに死ぬまで日本に戻りませんでした。しかし、この絵の迫力は圧巻で、藤田の画家魂を強烈に感じさせます。そういう芸術家の魂に触れると、戦意高揚といった政治的な意義を持ち出すこと自体馬鹿げていて、作品の価値を毀損するように思います。
話を林に戻します。命を賭して闘う兵隊の近くにいてこそ戦争の真の姿が見えてきます。現場に身を置き、生きるということを感じながらこれまで経験したことのないことを書くことは林に身が震えるほどの創作意欲を起こさせたのではないでしょうか。人に文学的野心と揶揄されようが、それは決して譲れない切実な思いであり、林という作家の拠って立つ基点だったのではないかと思います。漢口一番乗りの折、「もしものことがあったらどうします」と聞かれ、林は即座に「その時は殺して行ってください」と答えています。底辺の生活から這い上がってきた林には、戦場に生きる兵隊に寄り添わずして、どうして真の生が書けようか、と思っていたはずです。
戦後、敗戦を背景に頽廃した精神を描く小説が無数に生まれました。その中で平林たい子は、<『浮雲』の富岡(『浮雲』の主人公)は、その文学史の空白を埋め得る一つの典型>(『林芙美子』)と指摘しています。高山京子も<この作品をたんなる情痴小説ではなく、すぐれた「敗戦文学」たらしめている(『林芙美子とその時代』)>と書いています。林芙美子の『浮雲』を読むと冒頭の疑問の答えが見えてくるかもしれません。次回はそのことを探ってみたいと思います。
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