ことばのさすらい
~「俳句」と「異文化」による出会い~

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俳句の視点から (8) 集団浅慮と尊重

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俳句の視点から (8) 集団浅慮と尊重

 タレントの中居正広氏の性暴力に端を発するフジテレビの問題は、日本のどの組織でも起こり得る問題だったと思います。昨今、昭和の社会規範が大きな音を立てて崩れ去っていますが、この騒動はその最たるものでした。私も程度の差はあれ、そうした組織の中で仕事をしてきたので、騒動そのものにも関心はありますが、実はそれ以上に最近の社会動向に注目しています。そんな思いを抱きつつ、先日、本屋で出会った本が『集団浅慮』(古賀史健著、ダイヤモンド社、2025年11月刊行)でした。この書は、単に騒動を記したノンフィクションではありません。「なぜ起こったのか」から「どうすれば改善できるのか」までを示した一種のビジネス書なのです。

 フジテレビジョンとフジ・メディアホールディングスが設置した第三者委員会による調査報告書が昨年3月31日に公表されました。著者の古賀は調査報告書を読んで、「魂の報告書」だと感じました。報告書は表層的な「正義」や「倫理」を説くのではなく、「あるべき経営の刃」を振り下ろしていたのです。ページをめくるたび、日本の社会に根深く残る悪習の数々があぶり出され、容赦のない筆致で斬り捨てられていきます。

 フジテレビは、被害女性の自死の危険性を強く恐れ、一種の思考停止に陥りました。また、情報漏洩を恐れ、箝口令を敷きました。そして、すべての意思決定を「同質性の高い壮年男性」3名だけで行いました。被害女性への直接の確認もせず、産業医や現場の上司の声も遮断しました。3人は人権意識に乏しく、「大ごとにしたくない思い」と「間違った思いやり」とで判断を進めていったのです。こうした閉鎖的な価値観や単眼的な協議のあり方が「集団浅慮」に拍車をかけてしまいました。

 著者は 「集団浅慮」を避ける方策として、ダイバーシティ(多様性)を積極的に高めていくことを指摘しますが、そのためにたった一つの原則を提案します。それは相手を「尊重」するということです。異なる意見、価値観を重んじ、まずは聴きます。「相手がそう思っている事実」を尊重します。意見が対立しても、対話を諦めず、「尊重」する。これが著者の調査報告書を読んでの結論でした。

 相手(人権)を「尊重(respect)」するというのは、まさに私が常々思っている異文化コミュニケーションのベースの考え方であり、姿勢です。また、俳句の世界では、一人ひとりの句に意見・鑑賞を言い合います。そこには、句や意見・鑑賞への「尊重」の気持があります。著者が同じような考えに至ったことにこの姿勢に対する価値の強靭性を感じます。人間社会の根幹としてとても大切な価値観なのだと。著者の提案は目新しいものではありませんが、膨大な調査報告書を読んだ後であることに大きな意味があるのだと思います。

 『集団浅慮』を読んで、あらためて相手を「尊重」することの重要性を刻印された思いです。

 

 

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。