「熱帯と創作」(5)『マレー蘭印紀行』 ~放浪の哲学~
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明治から戦前にかけてシンガポールを訪れた日本人は、欧州航路の途中に寄港する人たちがほとんどで、しかも短期滞在でした。しかし、欧州への旅路の行き帰りにシンガポールをはじめマレー半島に長期の滞在をした日本人がいました。詩人の金子光晴です。
光晴がのこした『マレー蘭印紀行』は、昭和三年から七年にわたる二度目の欧州渡航の折に滞在したマレーと蘭印(旧オランダ領の総称)での見聞をもとに書きつがれた紀行文です。いや、紀行文といってしまっては、作品の真価を見誤ってしまいます。なぜなら、南洋の情景を美しく精緻な言葉で紡ぎ出し、そこに作者の魂のうつろいがからんで独特な香りを放っているからです。それは、独自の文体と詩的な表現により南方の風土をみごとに彫琢した珠玉の文学作品といえるでしょう。
マレー蘭印は妻の森美千代に恋人がいたことに傷心する光晴の放浪の旅でした。マレーシア南部のバトパハという町で十年間書けなかった詩が突如光晴に降りてきます。詩人金子光晴の復活です!うつろう光晴の魂が熱帯の臭気に溶け込み、新たな詩を生み出したのです。『女たちのエレジー』はまさにこのときの心の動きや感情から生まれた名詩ですが、中でも「ニッパ椰子の唄」と「洗面器」はその白眉といえます。
<両岸のニッパ椰子よ。ながれる水のうへの静止よ。はてない伴侶よ。>とニッパ椰子に呼びかけ、<洗面器のなかのさびしい音よ。くれてゆく岬(タンジョン)の雨の碇泊(とまり)。>と洗面器の音に哀愁を漂わせる詩人。『マレー蘭印紀行』をこうした詩と合わせ読むことで光晴の魂のほとばしりが感じられるはずです。金子光晴の魂はいまも放浪しています。
「かへらないことが
最善だよ。」
それは放浪の哲学。 (「ニッパ椰子の唄」より抜粋)
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