ことばのさすらい
~「俳句」と「異文化」による出会い~

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俳句エスプレッソ(6)~俳句の本質~

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俳句エスプレッソ(6)~俳句の本質~

 俳句は形式の面からは「有季定型」(五・七・五の十七音、季語を入れる)を基本とします。それでは内容の面からはどうでしょうか。山本健吉は古典俳句を検討して、「挨拶」「滑稽」「即興」であるとしました。これは今日でも参考になります。

 正岡子規は、連句の第一句(発句)を一つの文学形式として新たに独立させて俳句と呼びました。したがい、俳句にはそもそも連句の本質的な要素があるのです。

 「挨拶」は、連句の発句が客自身が主のもてなしに対して詠むものであったところからきています。たとえば、「五月雨をあつめて涼し最上川」は、涼しい川辺に席を設けた主に対して芭蕉が挨拶として発句で詠んだ句です。この句は『おくのほそ道』に取り入れられたとき、「あつめてはやし」と変えて、一句の独立性を強めました。

 「滑稽」については、そもそも連句は連歌をおもしろおかしく卑俗化させたものなので、その連句の発句から生まれ変わった俳句には、当然、「滑稽」の本質がありました。ちなみに「滑稽」は芭蕉などを経過して、奥の深い、しみじみとしたおかしみにまで高まるようになりました。

 「即興」は、連句が座の興にのせて間髪をいれず付けていくものなので、座の文学としての連句の本質そのものであるといえます。また、軽みの心につながるものでもあります。

 

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。