俳句エスプレッソ(2) ~季重なりはいけないか~
- 俳句エスプレッソ
一句の中に季語が2つ、もしくはそれ以上入っていることを「季重なり」といいます。俳句は基本的に一句に季語は1つが望ましいと言われます。「季重なり」は駄目というわけではありませんが、一句としてまとまりが悪くなります。「季語がなぜ必要か」のところで書きましたが、季語は強いコンテクスト(前後の文脈・背景)を持った言葉ですので、2つあると互いに喧嘩して焦点が定まらず、句としての力が分散するから、というのが私の考えです。季語同士が食い合うのです。たった十七音しかありませんので、焦点を絞った方が作者の言いたいことが伝わります。
「遠山に日の当たりたる枯野かな 高浜虚子」の句は、枯野に焦点が当たっています、この句の季語は「枯野」だけです。一句の中で「枯野」に比重がかかり、作者の言いたいことが明白です。
但し、「季重なり」でも成立している句はあります。たとえば、「啓蟄の土著けて蟻闘へり 鷹羽狩行」。「啓蟄」が春、「蟻」が夏の季語で季重なりですが、ここでは「蟻」の季節感は薄く、素材として扱われています。つまり、一句の比重は「啓蟄」にあるため、季語同士は喧嘩しないのです。
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