ことばのさすらい
~「俳句」と「異文化」による出会い~

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俳句エスプレッソ (1) ~俳句に季語は必要か~

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俳句エスプレッソ (1) ~俳句に季語は必要か~

 俳句は季語を入れ、五七五の十七音からなる有季定型詩です。これはきまりですが、ではなぜ季語を入れる必要があるのでしょうか。「しんしんと肺碧きまで海のたび 篠原鳳作」のような優れた無季俳句もあるではないかと疑問が出てきます。

 もともと季語を有する「発句」から生まれた俳句なんだから季語は必須、と説明されてもしっくりきません。私は、「たった十七音しかないから強いコンテクスト(前後の文脈・背景)を持つ言葉が要る」と思っています。強いコンテクスト=多くの人が共通イメージを持てる、ということです。

 「桜」といっただけで、具体的な情景が瞬時に呼び起されます。また、「桜」は和歌や年中行事など共有化された文化的、歴史的記憶を背負っています。さらに人の情緒にも響き、言葉が多重的、象徴的に働きます。自然・文化・歴史・感情が混然一体となり、時空を超えていけるのです。

 「戦争が廊下の奥に立つてゐた 渡辺白泉」も無季俳句です。しかし一句として成り立っています。それは、「戦争」という強烈なコンテクストを持つ言葉があるからです。「強いコンテクストの言葉を有する」ことが俳句を成立させるポイントではないかと私は思います。ただ無季で一句が立つことは容易ではありません。有季の方がはるかに簡単です。それは、季語が多くの人に共通のイメージを湧き立たせ、想像を膨らますことができるからだと思います。

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。