ことばのさすらい
~「俳句」と「異文化」による出会い~

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「俳句の視点から」(2)具体と抽象

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「俳句の視点から」(2)具体と抽象

 私が入社したての頃の出来事を話します。新入社員だった私に対し、課長から「今度、北欧からお客様が来日するので、アレンジをしてください」と指示がありました。当時の私は、まず「アレンジ」という言葉の意味がよくわかりませんでした。辞書で調べると「整える」とあります。一体、何を整えればいいのかイメージが湧かず、一人で悩んだことを思い出します。今ならホテルでのピックアップ、会議室のアレンジ、プレゼンテーションの内容の確認、関係者の出席手配、夕食の手配、場合によっては工場見学などすぐに思いつきますが、当時はまったく何をどうすればいいのかわかりませんでした。

 今思うと、課長の指示は新入社員の私には抽象的すぎたのだと思います。もし課長が、お客様がオフィスまで来られるようにしっかり対応しろ、とか、会議の内容をどうするか事業部と詰めろとか、もう少し具体的に言ってくれたなら、そういうことかとわかったと思います。まあ、課長からすればそこまで指示しないとわからないレベルだとは想像すらしなかったのかもしれません。あるいは、「わからなければ聞け」くらいに思っていたのかもしれません。

 このケースは私自身がお粗末過ぎましたが、私がプロジェクトリーダーをしていた時、チームがなかなかスムーズに機能しませんでした。そのとき、Aさんは「週一回チームムメンバーでランチをするのはどうでしょうか」と提案してくれました。また、Bさんは「まずはメンバー間の信頼関係を構築し、メンバーが発言しやすいような雰囲気を高めることが重要だと思います」と発言しました。Aさんは、「Bさんの提案は、結局、何をすればいいのか」と困惑し、Bさんは、「形式だけのランチなんかやっても意味がない」と受け止めました。今思えば、これは具体的に考える人と抽象的に考える人とのすれ違いだったと思います。

 細谷功の『「具体⇆抽象」トレーニング』(2,020年刊)によると、情報量(横軸)と抽象度(縦軸)が増えると「知」は発展するといいます。グラフでいうと、右上にいくほど高い「知」を示すことになります。抽象度が増えるというのは、トノサマバッタを例にとると、トノサマバッタはバッタの一種です。バッタは虫に属します。虫は動物に属します。動物は生物に属します。抽象度が増すというのは、どんどん上位概念に移動するということです。その結果、解釈や想像の自由度が上がり、物事を本質的、汎用的に捉えることがたやすくなります。また、理解や応用の幅も広がります。ただ、抽象化し過ぎると、現実から離れ、わかりずらくなり、曖昧になっていく弊害が生じます。抽象化は理解や応用のための強力な手段ですが、共感が得にくく、実行が難しくなるというデメリットもあります。だから、抽象化したあとは具体化、次にまた抽象化とバランスを取りながら往復することが重要となります。抽象化で本質を理解しつつ、具体化で実践的な行動に結びつけ、両者を行き来することで認識を深め、判断の質を高めていくのです。

 俳句では「ものに託して詠め」とよく言われます。これは、「もの」をとおして「心」を詠め、ということだと思います。「具体」と「抽象」の違いは、直接目に見えるか見えないか、「実体」と直結しているかいないかということで、「具体」は個別、詳細、現実的ですが、「抽象」は、一般、普遍、本質的です。誤解を恐れずに言うと「心」は「抽象」の側にあるように思います。喜び、悲しみ、希望、怒り、安心、切なさ、懐かしさなどです。つまり、個別に見えている「もの」に託しながら、普遍的で本質的な人間の「心」を詠むむといえるでしょうか。そう考えると、俳句は、「具体(もの)」をとおして「抽象(心)」を示唆する文芸といえるのかもしれません。この「抽象(心)」がより普遍的で本質を突くことで俳句の質は高まります。また、「もの」と「心」がどれだけ響き合うかで「詩」としての昇華度合(高低)が決まってくるように思います。

 「心」の本質を見極めるという「抽象化」と自然や社会の中にある「もの」をよく観るという「具体化」の往復を繰り返すことで、その奥にある価値が認識、発見されます。それを俳句という表現とリズムをとおすことで「詩」が生まれるのではないかと思います。『「もの」をよく観て写生せよ』と俳句ではよく言われますが、それは「具体」と「抽象」の間に絶えず思考を往復させよ、ということなのかもしれません。この往復運動が気づきや洞察を深め、「詩」を発展させていくのだと思います。同時に俳句のこうしたプロセスは、「具体」と「抽象」を往復して「知」を高めるプロセスにも共通します。それが「詩」を生むか「知」を生むかの違いはありますが。

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。