第64回 “I made my own decision, so I have no regrets.” (自分で決めたから後悔はない)
- グローバルの窓(海外体験記)
日本の携帯端末ビジネスが急降下
携帯端末事業は、日本国内ではNTTドコモがスマホ市場の伸長に鑑み、これまでのNEC、パナソニックからサムソン、ソニエリ(ソニーエリクソン)を2トップに据える戦略転換を図りました。その結果、NECの携帯端末ビジネスは棚卸を抱え、非常に厳しい状況となりました。これを受け、海外市場で投資を抑制しながら売上を上げる手がないか至急検討せよとの命が下りました。
既にタイ、韓国、メキシコ、中国と市場を広げていたのですが、飛躍的な収益増にはつながっていませんでした。
水かけ祭でローンチしたタイでは、その後、実際のディーラーでの売れ行き状況をモニターしながら、少額でプロモーションを打ちました。しかし、出荷台数は2万台がせいぜいで、利益を生み出す状況までは至りませんでした。平行して交渉を進めていたインドネシアですが、基本合意に至ったオペレーター系列のディストリビューターが実際の購入交渉において、億単位のブランド投資を最終的に求めてきて、交渉は暗礁に乗り上げました。
奇策はありや?
これまでのやり取りや調査からインドネシア市場のことは結構見えてきていました。お金をかけずに奇策はないかと思っていたところ、デザイン系のスタートアップ企業から奇抜なデザイン提案の引き合いがありました。スマホを奇抜なデザインで装い、売り込もうというコラボ案です。この案は、スタートアップ企業と交渉して、2千万円レベルの投資で実行できる目途がつきました。
私は事業戦略会議にこの策を提案しました。少ない投資でそれなりの収益が確保できるビジネスプランを提示したのです。しかし、事業企画部は2千万円のお金すら捻出できないと言い張る始末。私は「そこまで言うならもはやこれまで。もう事業を継続する意味はない。インドネシアも断念し、海外市場から撤退することを提案する」と言いました。他にも中国、メキシコ、韓国でもビジネスをしていましたが、それらの市場からも撤退です。唯一、カシオ時代から続いている北米のベライゾン社向けビジネスだけは収益が確保できていたので例外でした。ただ商品はベライゾン社向けにカスタマイズされた特化型でしたので、他市場への転用はできませんでした。
バッジョのあわやのシュート!?
その事業戦略会議では、横に座った社長から「非常におもしろいアイデアなので、やりたいな。社長ではなく、個人の立場なら投資してもいい」と囁かれました。ただ、不確定のビジネスに投資できるだけの余力は会社になく、事業企画部主導となり、社長といえども決めることができない状況になっていました。もう一年早ければこの提案は通っていたかもしれません。奇策は奇策でしたが、会社全体の状況を変える一打ではありませんでしたので、私はここが引き際と思いました。「今さら海外の携帯端末事業はないだろう。火中の栗を拾いに行くようなもんだ」と言った常務の言葉が蘇りましたが、後悔はありませんでした。おそらく、それは自分で決めてこの世界に再び飛び込んだからだと思います。これが人に言われてだったら、あの人の言うことを聞かなければよかった、と思ったのではないでしょうか。これまでもいろいろな岐路がありましたが、今回は自分で決めました。常務の言葉も振り切って自分で決めたのです。だから全く後悔はありませんでした。
社長の一言は個人的にはとても嬉しかったのですが、仕事としてはどうにもなりませんでした。私の奇策も所詮は、1998年のサッカーW杯フランス大会の準々決勝、イタリア対フランスのロベルト・バッジョ(イタリアの主力選手)のシュートのようなものだったでしょうか。0―0で延長にもつれ込み、後半の15分でバッジョがあわやのシュート!しかし、ボールはゴールポストをわずかにそれていきました。その時、TVのアナウンサーは、「バッジョのシュートは、フランス国民の胸を締め付けました!」と叫びました。もちろん、実際には、私の奇策はバッジョのシュートのレベルにはるかに及びませんが、すがすがしい敗退気分はバッジョと同じだったかもしれません。ちなみに、フランスはこのW杯で初優勝しました。イタリアがフランスを一番苦しめたことは間違いありません。
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