エッセンス【グローバルの窓】(8) ~日本と現地の役割分担・若手の育成~
- エッセンス【グローバルの窓】
「まず、仲と議論してから持ってこい」
ドイツ法人の社長は日本人でした。入社してたかだか4年しか経っていない私のような若造をいきなりマネジャーとして引っ張りました。マネジメント経験もない者をよくもまあ引っ張ってくれました。
業務は、主に宣伝や販促といったプロモーションの企画、実行と市場調査、それから売上予算立案、管理といったところで、セールス部隊との密接なコミュニケーションが欠かせません。当時のドイツのセールスマネジャーは、40歳前後の脂の乗り切った百戦錬磨のつわもの達で、私は彼らから多くのことを学びました。ドイツの市場や商習慣をまったくわかっていない私と日夜粘り強く議論してくれましたが、そこには日本人の社長の隠れたバックアップがありました。それが冒頭のセリフなのです。
何かを決めるのに、彼らは最初は社長のところに行って、こうしたい、ああしたい、と言っていましたが、社長はその場で決めないのです。「Firstly discuss with Naka, then come to me」と言ってくれました。社長は決めようと思えばその場で決められたのですが、必ず私と議論するよう仕向けてくたのです。彼らにしてみれば、私を口説かないことには社長の了解がもらえないので、必死でアイデアを説明します。プロモーションのお金が必要な場合は、その必要性をあの手この手で説明します。お蔭で市場やお客様の情報が自然と私のところに入ってくるようになりました。
設立したばかりの現地法人の成否は、現地のドイツ人と出向者の日本人の連携度合いにかかっていました。我々日本人がドイツ人のお客様に商品を売ることは難しい一方、ドイツ人が日本の事業部の機能(商品企画、開発、生産、品質管理等)を十分に引き出すことも容易ではないからです。当時はグローバル化も緒についたばかりで、まだまだ日本人と現地スタッフとの役割分担が必要でした。
日本人社長は常々「日本人出向者は黒子になってドイツ人をサポートしろ」と言っていました。本社のサポートを引き出すのが日本人出向者の最大の役割でした。この明快な方針は、私の仕事のあり方を迷いないものにしてくれました。それにしても事業の立ち上げ時期に人事面で自らリスクをとり、現地組織の活性化と若手の育成を図った社長の手腕は鮮やかでした。
【第8話ご参照】
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