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~「俳句」と「異文化」による出会い~

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俳句の視点から(12) 「組織のあり方 ~斜めの関係~」

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俳句の視点から(12) 「組織のあり方 ~斜めの関係~」

 『斜め論―空間の病理学』(松本卓也著、筑摩書房)という本には、医療やケアの現場で、実践方法が変化してきていることを論じ、依存症治療において患者同士がカウンセリングで対話を重ねることで、治療を進めてゆくあり方が述べられています。医療現場ではこのような水平的な治療法が徐々に模索されるようになってきています。ただ完全にフラットだと、それはそれで均質化してしまうので、専門的な知識に基づく指示やサジェスチョンを斜めから加えます。そうすることでよりよい方向へ向けていこうというのです。

 神野紗季は、角川の『俳句』(26年1月号)の「新春特別座談会」で、この医療現場の動きを紹介し、このことは俳句の世界で起きていることと連動していると指摘します。俳句の世界でも、これまでの垂直的だった師弟関係から、フラットに、作家対作家で関わっていくという動きがあるというのです。とはいえ、俳句には技術伝承の部分や、アドバイスが効果的な場合もあるので、方向性をサジェスチョンできる存在はどうしても必要です。そこで、主宰の役割を師匠という絶対的な存在からこの医療現場の試みのように、斜めに位置づけるという考え方が生まれてくるのです。

 この座談会は四人の俳人(堀田季何、西村麒麟、神野紗季、堀本裕樹)が「これからの場」について話をしています。四人ともここ数年で新しい俳句雑誌、結社を立ち上げました。

 四人に共通することは、「一人一人の思いを尊重し、フラットな状態で場を提供する」という考えを持っていることだと思いました。しかし、その先になると四人の方向性が必ずしも一致しているわけではありません。「場」を提供することで、俳句を楽しんで人生を豊かにしてもらいたい、俳句をもっと広げたい、俳句を極めていってほしい、今の俳句がどこにあるのかを知りたい、といった思いがある一方、堀田のように、単に「場」を用意するだけで、そこが自分の「場」になると思ってくれたらそれで十分、という考えもあります。組織を起点に発想するのではなく、あくまで俳人一人一人がどうしていくかという発想が共通してあります。

 SNSの普及により情報発信が活発になり、世の中がフラット化し、価値観の多様化が進むことで、俳句では師や主宰の考えが絶対的ではなくなりました。企業では、「人的資本経営」が叫ばれ、「組織は個人の成長を促す場」という考えが定着しつつあります。この座談会で私が一番印象に残ったのは神野が紹介した医療現場の試みです。専門医が斜めから示唆を与え、支援するという考えは、組織のあり方としても個人の自律性を促す上でも一考に値すると思いました。

 私は、AIの進むこれからの社会では、正解ではなく、一人一人が意味を見出し、納得することが大切だと思っています。医療現場の例や四人の考えはこの点にも合致し、俳句の結社の姿も今後変わっていくだろうと思いました。また、企業でも、たとえば、プロジェクトを動かすやり方としてこの医療現場の「斜め」の手法は有効だと思いました。上目線ではなく、サイドサポートの姿勢。それは、「上下関係」ではなく「斜めの関係」で、主体はあくまで当事者(実行者)にあるというスタンスです。

筆者紹介

仲 栄司

Eiji Naka

大学でドイツ語を学び、1982年、日本電気(株)に入社。退職まで一貫して海外事業に携わり、ドイツ、イタリア、フィリピン、シンガポールに駐在。訪問国数は約50カ国。
趣味は俳句。『ダリの時計』(句集)、『墓碑はるかなり』(評論)を上梓。
座右の銘は「南国のしあはせバナナあれば足る」
東南アジアの「空気感」が大好きです。